ジンバブエ

2019年07月01日

 

タンザニアに忍び寄るエボラ

僅か
1時間15分程の飛行時間にも関わらず、今回もリフレッシュメントサービスがあった。

 

ただし、行の便のクロワッサンではなく、サンドイッチとバージョンアップしていた。
IMG_54040
 

サンドイッチを食べ終えた頃にCAが用紙を配り始めた。

 

その用紙はアンケートであり、下痢や発熱についてであった。このようなアンケートを記入させられたのは初めてであり、タンザニアの近隣でエボラやコレラの発生が影響しているためであろう。

 

そういえば、コンゴ北部で発生したエボラをコントロールできているのであろうか。

 

以前読んだ英字新聞によると、エボラが発生した地域に乗り込んだ医療関係者が、その地域のドライバーを雇わずに、他の地域のドライバーを使った。

 

そのため、エボラが発生した地域にお金が落ちず、そのことに腹を立てたエボラが発生した地域の住民は、暴動を起こしたとあった。

その結果、医療関係者はその地域に入っていけない状態となってしまった。

 

また、コンゴのカビラ大統領の2019年頭の挨拶には、「コレラがアウトブレイクしてしまい、誠に遺憾である」とあった。

 

このような状態で、もし、首都のキンシャサでエボラ患者が見つかったのならば、コンゴは封鎖され、人々は容易にコンゴから出国できなくなるであろう。

 

ダルエスサラームに近づくと、街の光りが見え始めたが、ナイロビとは異なり明るさが足りず、田舎の都市の上空を飛んでいるようであった。
IMG_54042
 

結局、25分遅れで到着し、イミグレーション前は、入国カードを記入する人で混雑していた。

 

保健省の係員と思われる職員へ、記入したアンケート渡し、イミグレーションに向かう途中、空港職員にレジデンスであるかを確認された。

 

入国審査も、カメラと指による認証のみで、何も訊かれることなく通過した。

 

ターンベルトの前には、すでに荷物が置かれ、その中から自分の荷物をピックアップし、X線装置に通した。

 

ケニヤとジンバブエの空港と比較して、こじんまりしたタンザニアの空港は、すっかり、陽が落ちた中、ライトアップされていた。
IMG_54050

自宅へ向かう途中、街灯に照らされ、日本の援助によって建設された立体交差をスムーズに通過した。

 

大した遅延も無く、伝染病にかかることなく、無事、タンザニアに戻れたことは、何度も言うが、やはり私の日頃の行いが良いためであろう。

 

ただし、食中毒になり0.5キロ体重が減ったが、少し太り気味であったので、ちょうどよい体重となった。

 

これも、私の日頃の考え方がよいことの証明であろう。

 

なにごとも、前向きに考えることが大切である。

 

ジンバブエの今(終)



    このエントリーをはてなブックマークに追加
darmark2 at 02:30コメント(0)

2019年06月29日


ハラレを後にする

読書をしていると、ハラレ発ヨハネスブルグ行のエアージンバブエアナウンスがあり、この便は遅れているとのことであった

 

他方、私が搭乗する予定の機体が着陸したとのアナウンスもあり、これは、ほぼ定刻であった。
IMG_54000
 

搭乗案内に従い、連絡通路に入ると窓から、タンザニアには就航していないブリティッシュエアーがターミナルに近づいてくるのが見えた。
IMG_54001

 

ナイロビ行の機体はB737800で、EMBRAER190よりも新しい。
IMG_54002
 

しかし、足元は狭く、しかもパーソナルテレビは装備されていなかった
IMG_54004

IMG_54005

搭乗率が50%程の機体は、定刻の1145分に駐機場を離れた。

 

高度をあげる機体の窓から、ジンバブエの大地を眺めながら、「次に訪れるのはいつになるのだろうか。数十年後であろうか」等と考えていた。
IMG_54007

IMG_54009

 

ナイロビまで2時間450分であり、この間リフレッシュメントのサービスがあった。

 

さらに、行きと同じ赤い箱も配られた。
IMG_54010

今度はチキンを選んだ。
IMG_54011

そして、食後の珈琲を頼むと、男性のCAはクリームと砂糖を一袋ずつ余分にくれた。

IMG_54012

 

この頃は、すっかり体調がよくなり、お腹を壊していることさえ忘れていた。

 

機長のナイロビについてのアナウンスの後、高度が下がりはじめた。

 

まず小さく「ドスン」と振動があり、その後、大きく「ドスン」との振動がし、そして、タイヤが路面を走っている大きな音が機内に響いた。

 

ジャンボジェットとは、プロペラ機!?

定刻よりも5分早く着陸し、ターミナルから離れた場所に駐機したにも関わらず、徒歩でアライバルへ行くこととなった。
IMG_54013

アライバルへ向かう途中、JAMBOJET.COMと書かれた“そのまんま”の機体が見え、タンザニアのエース“プレシジョンエアー”が駐機していた。

IMG_54015

IMG_54014

ちなみに、このプレシジョンエアーはキリマンジャロ国際空港行きである。

 

まるで航空ショーの会場にいるような気分になり、壊れて動いていないエスカレーターの横の階段をセキュリティーチェックに向かって上がった。

 

階段は、結構な段数があり、前の女性は息が切れて文句をぶつぶつと言っていたが、日ごろからお散歩で鍛えている私は、荷物を持っているにもかかわらず、波紋の呼吸をしながら、汗ひとつかかなかった

 

つづく



    このエントリーをはてなブックマークに追加
darmark2 at 02:30コメント(0)

2019年06月28日


空港へ


紫色のジャカランタの花が咲き乱れる中、渋滞につかまることなく、快調に空港へ車を飛ばした
 
空港ビル入口でセキュリティーチェックがあると思い、金属類は鞄の中に入れた。
 
しかし、そのようなものは無く、気が付くと目の前にはライオンとショナ彫刻があった。
イメージ 1
 
と言うことは、爆弾を持った人でも容易に空港ビルに入ることができる。
 
盗難防止のためのラッピングサービスの前を通り過ぎると、エアージンバブエのチェックインカウンタの前に長い列ができており、その隣には私がチェックインする予定のケニヤ航空のカウンタが2つあった。
 
エアージンバブエのカウンタとは対照的に、ケニヤ航空のカウンタの前には、手続きをしているものは誰もおらず、ここでも行き同様、イエローカードの提示なしに、パスポートのみで搭乗券が発券された。
 
パスポートに搭乗券を挟み込みイミグレーションへ向かうと、3人の係員によるチェックがあったが、何も訊かれることが無く、先へ進んだ。
 

税関を突破できるか

さて、お次は悪名高い税関である
 
最近、ジンバブエでは外貨が不足しており、持ち出しができる外貨が低く制限されている。
 
持ち出し現金が2,000ドルを超える場合は、入国時の申告よりも多く持ち出すことはできず、更に、もし申告を怠り、2,000ドル以上の外貨を持ち出そうとすると罰則がある。
 
この様な事情を知りつつも、余裕のある態度で税関の女性係員に挨拶をすると、所持している現金を訊かれた。
ゆったりとした態度で「500ドルです」と答えると、鞄の中を調べられることなく通過できた。
 
トラブルなく税関を突破できたのは、アフリカ勤務で培ったアフリカ人との阿吽の呼吸が、判っているからである
 
これが判らず、税関ではないがセキュリティチェックでこじれ、徹底的にカバンの中を調べられた日本人がいたと聞いたことがある。
もちろん、セキュリティチェックの係員の行いは、合法であることは言うまでもない。
 
次に、1人待ったのみで出国審査を受け、ここでも無言でパスポートに出国スタンプが捺された。
 

ハラレの記念としてお土産を購入

そして、最後に、セキュリティーチェックがあり、靴とベルトを脱がされようやく、搭乗口待合スペースに入ることができた。
イメージ 2

搭乗待合スペースは2階からなっており、下の階は薄暗く、人はほとんどいなかった。
イメージ 3

乗客の多くは上の階におり、その場所にあるカフェは、多くの乗客で席に余裕が無い状態であった。
イメージ 4

ここで、ジンバブエのマグネットをランドで購入しようとすると、ドルしか受け取らないとのこと。しかも、10ドルと、キガリの空港とほぼ同じ高さのお値段であった

IMG_44369
 
売店の女性に、お釣りの10ドル紙幣があることを確認し、20ドル紙幣を渡した。彼女から、南アフリカら来たのかと訊ねられたので、「タンザニアから」と答えると「嘘でしょう」との表情となった。
 
「私はタンザニアのレジデンスです」と言うと、ようやく私がタンザニアから来たことを理解してくれた。
 
それにしても、マグネットの10ドルは高すぎ。アフリカは、空港の免税店でも値切りましょう。。。
 
まだ時間があったので、キオスクでジュースをランド紙幣で購入し(ここではランドが使用できた)、しばらく持参した文庫本を読んだ。
 
つづく
 


    このエントリーをはてなブックマークに追加
darmark2 at 02:40コメント(2)

2019年06月27日


ジンバブエの通貨

以前は、スーパーハイパーインフレで国民は苦しんでいたが、今はそのようなことは聞かれない。
 
それは、複数の外貨が国内で、日常的に使用されているからであり、もちろんジンバブエ国内のみで流通している通貨“ボンド”もある。
 
ボンドコイン。
イメージ 1

1ボンドは米貨1ドルと等価値で使用されている。
 
ただし、両替商で1ドルをボンドに変えると、1ボンド以上となり、それを電子マネーに変え、レストラン等で支払うと、少し得をするからくりがある。
 

ハラレでもKFC!? そして、あれが始まる

昼食としてKFCで、ボックスマスター(6.25ドルと高い!)とパイナップルミリンダ注文し、南アフリカランドで支払った。ちなみに1ドルは、15ランドであり、お釣りはボンド。
イメージ 2
 
夕方になると、卵が腐ったようなゲップが出始めた。
 
それは、何度も経験している食中毒である。
 
昨夜、お肉と一緒に飲んだ冷えたビールが胃を痛めており、そこに冷えたミリンダが流し込まれ、胃の消化機能を停止させてしまった。
 
この状態で食べたBoxmasterが胃の中で、腐ってきているのである。
 
今までの経験から、この日の夕食と翌日の朝食はとらないこととし、楽に嘔吐できるように甘いチョコクッキーを食べた。
 
この判断は正しく、夜の8時頃から激しい腹痛が始まり、そのうえ嘔吐した。
ただし、決して楽ではないが、甘いチョコレートの嘔吐で甘く、夕食をとらなかったこともあり、翌日移動ができなくなるほどの症状にはならなかった。
 
翌朝、残り下痢は少しあったが、嘔吐はなく、それでも、万が一を考えて、朝食を抜いた。
 
チェックアウトの前に朝食会場に立ち寄り、脱水症状にならないように乾いた躰にコップ半分のグレープジュースを流し込み、1145分発のフライトに間に合うように、ホテルを後にした。
 
つづく
 


    このエントリーをはてなブックマークに追加
darmark2 at 02:44コメント(4)

2019年06月26日


爽やかな早朝のハラレ

気温は
20度を切っており、常夏のダルエスサラームから来た者にとっては、肌寒く感じた。
 
空に雲一つなく青空が広がっており、この青空の下、さらりとした空気の中で、ジョギングすると気持ちが良いことを想像させてくれた。
イメージ 1

早朝にもかかわらず交通量が意外にも多くあり、道路を渡るにも、タイミングがなかなかつかめなかった。
イメージ 2
 
街中の至る所にあるジャカランタの花は、朝陽を受けて、その紫色を輝かせており、いやが上でも目につく。
イメージ 3

ところでホテルに接し、樹木に溢れるハラレガーデン内は、正体不明な人々がうろついており、実害はないと思われるが、少し嫌な雰囲気であった。特に夜間は、入りたくないと感じた。
 

芸術に出会う

その公園の中に国立博物館あり、建物の歩道側にはショナ彫刻が並べられていた。
イメージ 6

イメージ 5

イメージ 4

イメージ 7
 
これらの彫刻を眺めていると、タンザニアのマコンデやティンガティンガを思い出した。
 
これらの芸術に共通しているのは、人々の精神を具現化したものではなかろうかである。
 
よって、心に深く入ってくるものや、不気味なものもあり、これらを眺めていると、その場所から立ち去ることが難しくなった。芸術品が私の心を離さないためである。
 
時間があれば、博物館をゆっくりと回り、ジンバブエの地方に散らばる芸術に触れてみたいものである。
 
つづく
 


    このエントリーをはてなブックマークに追加
darmark2 at 03:02コメント(2)
ギャラリー
  • ベトナム料理店、それともバー?(2024年3月29日)
  • ベトナム料理店、それともバー?(2024年3月29日)
  • ベトナム料理店、それともバー?(2024年3月29日)
  • ベトナム料理店、それともバー?(2024年3月29日)
  • ベトナム料理店、それともバー?(2024年3月29日)
  • 地下鉄の果てにあるショッピングモール(2024年3月28日)
  • 地下鉄の果てにあるショッピングモール(2024年3月28日)
  • 地下鉄の果てにあるショッピングモール(2024年3月28日)
  • 地下鉄の果てにあるショッピングモール(2024年3月28日)
最新コメント
アーカイブ
カテゴリー
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ