2021年07月31日
一時帰国:14日間の隔離中に何をしたのか|ルネッサンス時代に浸る(2021年7月31日)
◆待望の著作、塩野七生著の“再びヴェネツィア”◆
この本は、約30年前に出版された緋色のヴェネツィア、銀色のフィレンツェ、黄金のローマの続編である。タイトルからわかるように、イタリアの3都市が中心で、ヴェネツィアの名門貴族ダンドロ家の当主マルコ・ダンドロを通して書かれている。
この3部作の最後の作品、黄金のローマの“読者に”に、「マルコ・ダンドロは、まだ四十代に入ったばかり。今度は大使にでもして、十六世紀半ばのヨーロッパ諸国をまわらせてみましょうか」とある。
まさしく、この予告が、30年の歳月を経て、現実のものとなったのだ。しかも30年間経ったにも関わらず、塩野七生氏の文章の切れは相変わらずであり、それだけでなく、以前にもまして艶を強く感じる。
読み始めて感じることは、登場人物が懐かしく、まるで同窓会に参加しているような錯覚にさせられることだ。
と言うのは、ヴェネツィアの元首アンドレア・グリッディ、ヒロインであるオリンピアの息子ファルネーゼ枢機卿は、1992年に出版された黄金のローマの登場人物。
ヴェネツィアの海将アゴスティーノ・バルバリーゴ、トルコ艦隊に対する連合艦隊の総司令官ドン・ホアンは、1987年に出版されたレパントの海戦の登場人物と言う具合に。
プロの作家の風景描写は、読む人の脳に風景を鮮明に創造し、まるでその世界に身を置いているように感じさせる。ただし、素人にとって、この風景を書くことはとても難しく、それと同じくらい芸術を文章で表現するのも難しい。
この点においても塩野七生氏は、さすがである。
特に再びヴェネツィアに登場する、ヴェネツィアを本拠地として活躍した画家、ティンツィアーノ、パオロ・ヴェルネーゼ、ティントレットの作品の表現は、見事としか言いようがない。まるで、彼らの作品を目の当たりにしているようで、さらに500年前の彼らの会話も聞こえてくるようである。
著者はローマ人の物語全15巻を書き終え、思考に深みが増し、それが本作品の随所に感じられる。齢84歳とご高齢であるが、今後も歴史小説の新作に期待したい。
◆2021年の資本論とは◆
私は大学の一般教養科目は、経済を選択した。授業内容は、新古典派経済学、及びケインズ経済学と記憶している。他方、これらの経済学の双璧と言えるマルクス経済学も当時、教えられていたが、冷戦終結30年後の今も教えられているのであろうか。
ネット時代の今は、容易にマルクス経済学を学ぶことができる。しかし、当時は独学でマルクス経済学を学習しようとすると、途中で理解が困難となり、資本論を読むのをあきらめてしまう人がいたと聞いていた。
そこで7年前、こんなことにならないように、資本論について、やさしく書かれている池上彰著の“高校生からわかる「資本論」”と佐藤優著の“いま生きる「資本論」”を読んだ。
そして今回は、2021年新書大賞に選ばれた、斎藤幸平著の“人新世の「資本論」”を読むことにした。
7年前はアベノミクスの始まりであり、今はコロナ禍から脱出なので、経済の回復基調という点では同じであるが、その中身が相当異なっている。
マルクスの資本論と言えば、「使用価値と価値」、「資本家による労働者の搾取」、そして「資本性的私的所有の終わり」などを思いだすのではなかろうか。
人新世の「資本論」の著者である斎藤幸平氏は、異なったアプローチをする。晩年のマルクスの研究から、資本論を読み解いている。
マルクスは、資本論第1巻刊行以降15年間ほど、自然科学の研究をしていた。この分野の彼の著作はほとんどないが、マルクスが作成したノートや草稿を発掘することにより晩年のマルクスによるエコロジカルな資本主義批判がつまびらかになった。
これは、本の裏表紙にある著名人のコメントからも、なんとなく伝わってくるであろう。
そして、人類が進むべき未来像が述べられており、それは「脱成長コミュニズム」だ。
この考え方に対する、意見は様々であろう。
私個人的には、未来像である脱成長コミュニズムを実現するためには、過去において民主政治が機能していた時代には、独裁者が民主主義をよく理解し、適切なかじ取りをしていた例に似た、パラドクスが起きるかもしれないと思う。
環境問題は、現在において、まさしく最も関心が高い分野で、難しいとのイメージがある資本論についてにもかかわらず、この本が2021年新書大賞第1位になった理由がわかるような気がした。
写真から、著者はやさしいお顔であるが、文体は力強くて切れがよく、飽きることなく読みきることができます。